お正月はこのDVDを観てまして。
マリリン・モンロー 最後の告白 [DVD]クリエーター情報なしIVC,Ltd.(VC)(D)
2008年にフランスのTV局が製作したドキュメンタリー番組。
日本ではNHK BS1にて2009年4月14日(火)深夜0時10分より放送されたと言う。
余りに分かりやすいキャラクターなんでずっと誤解していたんだがモンローの本質に気づいたのは高校時代だったと思う。
やっぱり本に書いてあって
(ムック)神になった天才たち/32のヒーロー伝説クリエーター情報なしシンコーミュージック
夭折した20世紀のスター達を採り上げた書籍なんだけど当時、NHKで英BBC製作の力作「ヒーロー達の20世紀」って特番を観てこれを補足する文献としては十分だった。
お馴染みの面子がみんな出てくるよ。
バレンチノに始まりジーン・ハーロー、ジェームズ・ディーン、バディ・ホリー、エルビス・プレスリー、ブルース・リーそしてマリリン・モンロー。
天才、それも芸術分野のそれはまぁ早死にする。
もう生きてる間に放つ光が半端ないから。
あらゆる作用には必ず同じ大きさの反作用があってそれは誰もが不幸で孤独な幼少時代。
不屈の闘志で一気にスターダムに駆け上がるがそれは終わりの始まりである、と言う。
ただ他のスター達の写真や映像にどこか物憂げで悲しげな表情が垣間見れるのに対しマリリン・モンローだけは全くと言っていいほどなかった。
映画「ナイアガラ」はちょっと陰気なんだけどこれは役柄だから。
ナイアガラ [DVD] FRT-179クリエーター情報なしファーストトレーディング
他はそれこそ何千枚って写真が残されているけどみんなとにかく明るく華やかで幸せなオーラ満載の表情である。
これこそがマリリン・モンローの類稀なる演技力の賜物だったと言う。
映画で役を演ずる以前にマリリン・モンローを演じていたんだよ。
人前に出る前は必ず
何をどんな風に喋るか?
自分で台詞を書いて覚えていたと言う。
さもあらん。
自然に振舞うことが出来なかったんだろう。
それでいて透明な自己は自分と言うものがない。
最期の最期、晩年に撮ったショットだけだよね、素になったのは。
もう、怖いくらいにはかない。
最期のインタビューでは割と本音を吐いていて
友達はとても少ない。2、3人くらいかしら・・・
って。
でも完全に本音じゃない。
実際は0だろうね。
そう、1人もいないの。
それは「マリリン・モンロー最後の告白」を観れば分かるかと思う。
友達なんて一人も出てこないから。
アメリカ国民を始め世界中の野郎供から愛されたが共演俳優を始め映画関係者からは嫌われまくっていたらしい。
撮影に大幅に遅刻するなんて当然で無断欠勤をやりまくり仮に出て来てもNGを連発しまくったから。
可愛いだけでは許されなかった。
映画の世界に入ったのが1946年で20歳の頃。
この頃のマリリン・モンローは本当に可愛いし
美しい
とにかく
美しい
この世の生き物とはとても思えない。
新進の写真家アンドレ・ド・ディーンズが見出したと言う。
二人は恋人関係にあったんだが男冥利は最高の写真家冥利だろう。
まだ無名のそれは=若さと美の絶頂のマリリン・モンローを独り占めだから。
素晴らしい写真の数々は何にも増して雄弁である。
世の中にこれほど美味しい被写体が他にあるなら是非とも教えてもらいたい
昔から整形疑惑が取り沙汰されるが全然物の数ではない。
どちらもとびきり美人であることは疑いようがない。
マリリン・モンローは今日まで脈々と続く人類共通の「女性美の典型」を作り上げたのである。
丸顔・童顔・大きい垂れ目・金髪・碧眼・厚く艶やかな唇・白く綺麗な歯並び・細い顎・色白・グラマー・小柄・脚線美・・・何より繊細で無邪気。
この他に一体何が必要だと言うのか?
女神だ。
マリリン・モンローの編み出した色気とはとても分かりやすいがとても難しい・・・高度に屈折している。
性的には無知に振舞うことでよりいっそう男の欲情を煽ったからである。
だから決して下品に映らなかった。
守りたい、尽くしたい、手玉に取られたい、騙されたい、征服したい、供に笑いたい。
されど映画界に入って直ぐにスターになった訳ではなく1953年公開の「ナイアガラ」の大ヒットから。
だがこの時点で映画入りして実に7年も経過しており彼女がスターダムにのし上がるまでにどれだけ自分を疲弊させたか?
ピークはたった2年しか続かず後はガラガラ音を立てて坂道を転がり落ちて行ったのだった。
とても映画撮影が出来るようなコンディションじゃなかった。
番組のハイライトはお馴染みのこの映像だろう。
大統領、お誕生日おめでとう!
・・・・
・・・
戦争を終わりにしてくれて本当にありがとう!
マリリン・モンローがここに至るまでの過程を観て来た私の目には熱い物が込み上げて仕方なかった。
誰が本当の父親か分からず病弱な母親は育児放棄、親戚をたらいまわしにされ12歳で流れ着いたのは孤児院・・・
航空機部品工場の組立工からハリウッドのトップ女優にまで登りつめ大統領誕生祝賀パーティーで愛する男性に全身全霊をかけて歌を捧げる。
だが・・・
彼女に残された時間はもうほとんどなかった。
終わり

2008年にフランスのTV局が製作したドキュメンタリー番組。
日本ではNHK BS1にて2009年4月14日(火)深夜0時10分より放送されたと言う。
余りに分かりやすいキャラクターなんでずっと誤解していたんだがモンローの本質に気づいたのは高校時代だったと思う。
やっぱり本に書いてあって

夭折した20世紀のスター達を採り上げた書籍なんだけど当時、NHKで英BBC製作の力作「ヒーロー達の20世紀」って特番を観てこれを補足する文献としては十分だった。
お馴染みの面子がみんな出てくるよ。
バレンチノに始まりジーン・ハーロー、ジェームズ・ディーン、バディ・ホリー、エルビス・プレスリー、ブルース・リーそしてマリリン・モンロー。
天才、それも芸術分野のそれはまぁ早死にする。
もう生きてる間に放つ光が半端ないから。
あらゆる作用には必ず同じ大きさの反作用があってそれは誰もが不幸で孤独な幼少時代。
不屈の闘志で一気にスターダムに駆け上がるがそれは終わりの始まりである、と言う。
ただ他のスター達の写真や映像にどこか物憂げで悲しげな表情が垣間見れるのに対しマリリン・モンローだけは全くと言っていいほどなかった。
映画「ナイアガラ」はちょっと陰気なんだけどこれは役柄だから。

他はそれこそ何千枚って写真が残されているけどみんなとにかく明るく華やかで幸せなオーラ満載の表情である。
これこそがマリリン・モンローの類稀なる演技力の賜物だったと言う。
映画で役を演ずる以前にマリリン・モンローを演じていたんだよ。
人前に出る前は必ず
何をどんな風に喋るか?
自分で台詞を書いて覚えていたと言う。
さもあらん。
自然に振舞うことが出来なかったんだろう。
それでいて透明な自己は自分と言うものがない。
最期の最期、晩年に撮ったショットだけだよね、素になったのは。
もう、怖いくらいにはかない。
最期のインタビューでは割と本音を吐いていて
友達はとても少ない。2、3人くらいかしら・・・
って。
でも完全に本音じゃない。
実際は0だろうね。
そう、1人もいないの。
それは「マリリン・モンロー最後の告白」を観れば分かるかと思う。
友達なんて一人も出てこないから。
アメリカ国民を始め世界中の野郎供から愛されたが共演俳優を始め映画関係者からは嫌われまくっていたらしい。
撮影に大幅に遅刻するなんて当然で無断欠勤をやりまくり仮に出て来てもNGを連発しまくったから。
可愛いだけでは許されなかった。
映画の世界に入ったのが1946年で20歳の頃。
この頃のマリリン・モンローは本当に可愛いし
美しい
とにかく
美しい
この世の生き物とはとても思えない。
新進の写真家アンドレ・ド・ディーンズが見出したと言う。
二人は恋人関係にあったんだが男冥利は最高の写真家冥利だろう。
まだ無名のそれは=若さと美の絶頂のマリリン・モンローを独り占めだから。
素晴らしい写真の数々は何にも増して雄弁である。
世の中にこれほど美味しい被写体が他にあるなら是非とも教えてもらいたい
昔から整形疑惑が取り沙汰されるが全然物の数ではない。
どちらもとびきり美人であることは疑いようがない。
マリリン・モンローは今日まで脈々と続く人類共通の「女性美の典型」を作り上げたのである。
丸顔・童顔・大きい垂れ目・金髪・碧眼・厚く艶やかな唇・白く綺麗な歯並び・細い顎・色白・グラマー・小柄・脚線美・・・何より繊細で無邪気。
この他に一体何が必要だと言うのか?
女神だ。
マリリン・モンローの編み出した色気とはとても分かりやすいがとても難しい・・・高度に屈折している。
性的には無知に振舞うことでよりいっそう男の欲情を煽ったからである。
だから決して下品に映らなかった。
守りたい、尽くしたい、手玉に取られたい、騙されたい、征服したい、供に笑いたい。
されど映画界に入って直ぐにスターになった訳ではなく1953年公開の「ナイアガラ」の大ヒットから。
だがこの時点で映画入りして実に7年も経過しており彼女がスターダムにのし上がるまでにどれだけ自分を疲弊させたか?
ピークはたった2年しか続かず後はガラガラ音を立てて坂道を転がり落ちて行ったのだった。
とても映画撮影が出来るようなコンディションじゃなかった。
番組のハイライトはお馴染みのこの映像だろう。
大統領、お誕生日おめでとう!
・・・・
・・・
戦争を終わりにしてくれて本当にありがとう!
マリリン・モンローがここに至るまでの過程を観て来た私の目には熱い物が込み上げて仕方なかった。
誰が本当の父親か分からず病弱な母親は育児放棄、親戚をたらいまわしにされ12歳で流れ着いたのは孤児院・・・
航空機部品工場の組立工からハリウッドのトップ女優にまで登りつめ大統領誕生祝賀パーティーで愛する男性に全身全霊をかけて歌を捧げる。
だが・・・
彼女に残された時間はもうほとんどなかった。
終わり