御題通りまた大河ネタそれもまたこの大河から。
NHK 大河ドラマ 武田信玄 完全版 第壱集 [DVD]クリエーター情報なしジェネオン エンタテインメント
昨年、一から観直して記事を2つ書いたんだけど
1988年の南野陽子
武田信玄 これぞ正真正銘の大河ドラマ!!
全然書き足りません!
書き出したらキリがないし、きっちり書いたら半年はかかるでしょう。
で、そんなことは出来ないんで、数多ある名シーンの中からまた抜粋して紹介したい。
これを観れば私が大河に限らず昨今のTVドラマや邦画に否定的なのが分るかと思う。
今日、紹介するのは第35回「盟約崩壊」から。
34回までのあらすじ
甲相駿三国同盟により今川義元の子女(小津)が信玄の嫡男、義信と婚姻する。
中睦まじい夫婦であったが、義信は父、信玄との不和に苦しむ。
そもそもは信玄とその正室、三条の方との不和に起因している。
信玄は側室の湖衣姫を寵愛したからである。
桶狭間の戦いで今川義元が織田信長に討ち取られると強国今川家の力も弱くなって行く。
老獪な信玄は徳川家康と密約し今川領への侵略を画策するがこれに異を唱える義信と更に対立を深めて行く。
義信は守役飯富虎昌と謀反を企てるが直前にバレて(虎昌が自分でバラして)信玄は飯富虎昌を自害切腹に追い込んでしまう。
幽閉された義信もまた信玄による長期説得も虚しく自害して果てたのだった。
一人、残されたのが義信の妻の小津である。
愛する夫を舅に殺された小津。
愛息子を夫に殺された正室の三条の方。
嫡男を自殺に追い込んだ信玄。
ついにこの三者が対面する・・・・
のっけから凄いでしょ?
小津の表情が明らかにおかしいから。
不適にニヤ〜って笑っちゃってる。
不審に思った三条の方が問うが二度目の返事
は??
今も昔も姑にこれはない。
この2発の伏線で
この後、どうなるのか?
嫌がおうにも分かるんだが・・・・それ以上の、熱演、否、怨演を見せた訳だ。
通常の演技の域を超えちゃってるもの。
漢字の字幕スーパーがあり映像の元ソースは台湾放映バージョンだがこれ、吹き替えじゃ伝わらないでしょう?
小津役は古村比呂だが・・・
>1985年、道内のローカル番組出演中、景山民夫にスカウトされ上京。
これまたさもあらん。
観た人は分かるだろうが元々小津はこんな強烈なキャラクターではなかった。
おっとり
優しい
控えめ
か弱いが忍耐強い
「お姫様」だったからである。
義信と信玄の不和に際しても決してでしゃばらず実直で激しやすい義信をなだめていた程である。
小津の母親は信玄の姉であり、そう、信玄は叔父であり、信玄から見れば小津は姪である。
そもそも
>同年の「クラリオンガール」準グランプリに選ばれた後、東映映画「童貞物語」のヒロインオーディションで優勝し当該映画で正式デビュー。
>1987年度(昭和62年度)上半期に放送されたNHK連続テレビ小説「チョッちゃん」(黒柳徹子の実母・黒柳朝の自伝をモチーフにしたドラマ)のヒロインを務め、一躍人気女優となった。
当時の古村比呂自体、準アイドル的な位置づけだったんで。
今で言うところの上野樹里とか松下奈緒に近い感じですかな。
だが・・・たとえ物静かで温厚そうでも
耐えに耐えた女の怒り、否、怨みが爆発したらどうなるのか?
作用に対する反作用は視聴者の予測の範疇を超えていた訳だ。
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鬼姫 (サンデ−コミックス)クリエーター情報なし秋田書店
伏線はある種の「期待」だが名作は
それを上回る
ないしは
良い意味で予想外の展開を見せる
小津の豹変もそうだが、信玄の対応である。
眉一つ動かさず。
離せ!
小津が怨みわしが引き受ける!
これが武田信玄である。
織田信長だったらその場で斬り捨て御免だろう。
叫びながら信玄に突進していく小津・・・
信玄危うし!
だがこれを身を挺して止めたのは三条の方だった。
小津を抱きしめて
義信ッーーー!!
の悲痛な絶叫でこの4分20秒に渡った超濃密なワンシーンは終わる。
カットは複数だがこれはカメラの関係で実際にはワンシーンで撮ったものと思われる。
演者は勿論、スタッフの緊張もまた察して余りある。
二度、三度出来る演技ではない。
この展開を読めた視聴者は一人も居なかっただろう。
豹変した小津のバックの暗さ、怪しさ・・・
「あなたの知らない世界」を思い出してしまった。
昨晩、部屋で一人で観ていたのだが恐ろしくて恐ろしくて・・・
ソフトだけでなくハードの演出も完璧である。
これ以上の’演出’はない!
ゆえに大河ドラマ史上最恐のシーンはこれと思う。
これ超えたら大したもんだよ。
それは無理としても・・・
NHK大河ドラマ 江 姫たちの戦国 完全版 DVD-BOX 第弐集クリエーター情報なしアミューズソフトエンタテインメント
ぷぅ〜〜〜〜〜〜(笑
>相変わらずキャラクターが支離滅裂で無茶苦茶なのが多いし、どういう風に見ればこうなるのか、あの脚本家の脳内を解剖してみたいもんだ。
>しかしこの脚本には、いやしくも日本の先人たちの遺した「歴史」そのものに向き合う矜持も良心も感じられず、多くの方のご批判にあるとおりの雑な妄想、空想、想像が、あまりにあからさまで稚拙すぎ、もはや犯罪的と言わざるを得ぬレベルに堕ちています。
>駄作。天地人もひどかったが、それも軽く越えている。その原因は、歴史をまったく知らず勉強もしなかった田渕さんの脚本にある。さらに史実云々の前に主人公が、信長、光秀、秀吉、家康、秀忠等の戦国武将にタメ口説教はないであろう。また、信長、秀吉、家康、秀忠の行動原理も不明。泰平の世のため人殺しという理屈がなんとも陳腐。
私もチラッと観ただけだがその「薄っぺらさ」は相当なものであった。
「江 姫たちの戦国」DVDボックス1000セットは武田信玄の上記シーン4分数十秒に劣る!
NHK大河ドラマも死ぬべくして死んだコンテンツと私は思う。
amazonに書かれたレビューを載せたが悪意のあるコメントとは思えない。
非常に建設的で的を得ているからである。
中でも
>雑な妄想、空想、想像が、あまりにあからさまで稚拙すぎ
この箇所。
何度も書いて恐縮だが
大河ドラマなど全て嘘八百である!!
ドラマは脚本が命と言われるが大河ドラマで出てきた台詞の99.9999999%が脚本家の妄想に過ぎないからだ。
歴史を題材にしているがゆえに場合によっては捏造である。
確かに事実を基にしている、だが、その記録はほとんど残っていないし検証も困難だからである。
私が激賞した信玄、三条の方、小津のシーンだがこの三者が一同に会しこのような場があったかどうか?
甚だ疑わしい。
大体の話、小津(おつね)と言う名前自体、妄想の産物で、はっきりしていることは今川義元の娘で出家した後、嶺松院と名乗っていたことくらいである。
だが・・・・
義信が父信玄によって死に追い込まれたこと
義信の死後、信玄が今川領に攻め込んできたこと
これに関してははっきりしている。
だからあのシーンも
’ありえないとも言い切れんなぁ’
となる。
リアリティを持たせるのは作り手と受け手である我々視聴者の経験に基づく感性が一致した時である。
よく台詞等で言葉遣いにあれこれ茶々を入れる輩がいるが私から言わせればそれも
所詮、程度問題
に過ぎない。
口語表現などほとんど記録に残っていないからである。
だが・・・
黄門様、ファイト!
これは明らかにおかしいだろう。
うっかり八兵衛が言った台詞と言われるが後にガセであったことが判明している。
兎にも角にも’妄想にも等級がある’と言う話である。
amazonの武田信玄のレビューは激賞の嵐なのだが
>『武田信玄』という一の武将生き様だけではなく、その家臣・正室・側室・子・敵・そのすべてのドラマが深い情景で描かれた作品でした。
さもあらん。
全50話、40時間に及ぶ大河ドラマとは
群像劇
であり大小様々な人間ドラマが交錯する。
沢山の伏線が張られそれをいかにして回収させるのか?
これもまた楽しみの一つである。
武田信玄の場合、追放された父、信虎がある時から全く出てこなくなり・・・いつ、回収するのだろうか?・だが・・・それは一流の’演出’だったのである。
豪華キャストゆえに
脇役が光る
大河ドラマ武田信玄ではどんな脇役でも必ず一つは
見せ場
を設けている。
誰もが知っている戦国武将である必要性はない。
これは出来そうで中々出来ない。
トータルで見た場合、大河ドラマ武田信玄で最も強烈な印象を残したのは小津ではなく小川真由美が演じた三条の方の侍女、八重だがこの人物は100%妄想、否、架空の人物である。
だが・・・・・
八重なしに大河ドラマ武田信玄は成立しえない
と言うより
武田家で起こる不幸の数々の元凶は全て八重の画策によるものであり、超重要パーソンなのである。
実際には歴史上存在しなかったのに・・・
八重の前に八重なし、八重の後に八重なし
昭和を体感し生きながらえた我々は後世に語り継がねば、と思う。
だから・・・・
2013年NHK大河『八重の桜』、新キャスト発表 剛力彩芽、黒木メイサらが初出演
咲く前から散っておるわ、その桜。
21世紀は’女性の時代’である。
だが・・・
誰一人として女の美しさも恐ろしさも描けていない。
とりあえず女を主人公に据えればOKだろう?
浅はかとか言いようがない。
武田信玄ほど
女を上手く描ききったドラマは錚々ない
戦国時代を題材にしているが
女同士の良質のドラマが掃いて捨てるほどあるからである。
三条の方はなぜ身を挺して夫を守ったのか?
その心境も書き出すとかな〜り長くなる。
名シーンが多々あるからだ。
三条の方だけでなくそもそも、武田信玄の狂言回しは母の大井夫人である。
>わが子晴信と致しましては・・・・
女を上手く描いたと言う点では前作、独眼竜政宗もそうだろう。
NHK大河ドラマ 独眼竜政宗 完全版 第一巻 [DVD]クリエーター情報なしジェネオン エンタテインメント
伊達政宗と武田信玄は非常に良く似ている。
業の深さ
に他ならない。
信玄の業の深さは戦国随一だろう。
実父を国外に追放して家督を相続
寡婦になった母を出家させ寺院に追放
実妹の嫁ぎ先諏訪氏を攻め滅ぼす→実妹はその後病に倒れ死亡
諏訪氏の姫を側室に迎える
実姉の嫁ぎ先今川氏を攻め滅ぼす
嫡男を幽閉し自害に追い込む
一方的に同盟を破棄し北条氏に嫁いでいた娘を離縁させる→病弱だった身体に止めを刺す
川中島の戦いで片腕だった実弟、武田信繁を戦死させてしまう
まともに生き残ったのは弟、武田信廉と側室に産ませた子、武田勝頼くらいである。
戦国時代は乱世であり、血を分けた親兄弟が殺し合うのは珍しい話ではないが信玄の場合はちょっとレベルが違うように思う。
また織田信長の残酷さとは質が違う。
それが何なのか?
端的に表したのがアップした4分少々のシーンではなかっただろうか?
大量殺戮を好んだのは信長である。
ドラマを観れば分かるが信玄は戦を好まない。
事前に甲州金をばら撒いて、つまり、敵を買収するのである。
良将は戦わずして勝つ!
正義、不正義などはどうでもよい!
されど・・・縁戚関係はお金で解決出来ない。
ゆえに身内に悲劇が生じる。
そう
死の重みが違う
のである。
だが・・・信玄はそれを辞さない。
もっと言うと
己の業の深さに気付いているし罪悪感も感じている
愛する人間を殺された怒りや痛みを描くのは当然として
暴力を行使した人間の「責任」や「贖罪」
これも描いたからこそ我々はドラマを観続けたのではなかろうか?
>小津が怨みわしが引き受ける
この台詞に全て集約されているように思う。
だが・・・・
この後、信玄は駿河に兵を進めるのである。
落城した駿府城で再度、信玄は小津と対面することになる。
岸田今日子が演じた小津の祖母、寿桂尼と信玄のやり取りもまた屈指の名シーンである。
このドラマは
そんなむごいことをしたらどうなるのか?
そうした素朴な疑問に対してほとんど説明している。
ゆえにドラマが成立する。
昔の話だから現代人とは感覚が違うんだよ。
そうした言い訳はほとんどない。
信玄と信長 戦国武将に学ぶリーダーの条件百瀬 明治有楽出版社
信長と信玄津本 陽東洋経済新報社
〜〜〜〜〜
このドラマを観て私は小津こと嶺松院に興味を持ち調べてみた。
嶺松院
>永禄10年(1567年)10月19日、義信は東光寺で自害する(病死とも)。同年11月、嶺松院は、兄の今川氏真の要請で駿河に送還された。娘を伴って駿河に戻った嶺松院は出家した。翌永禄11年(1568年)12月、武田信玄は駿河侵攻を行い、大名としての今川家は滅亡に追い込まれる。その後の半生の事跡は明らかではない。
>慶長17年(1612年)8月19日死去。法号は嶺松院殿栄誉貞春大姉。江戸市谷にあった今川家縁故の万昌院に葬られた[4]。
1568〜1612年まで実に44年も足取りがはっきりしないが長生きしたんだろう。
1582年に甲斐武田氏は織田信長に攻め滅ぼされてしまったのだが
>かなえられずば死ねませぬ
この台詞の’リアリティ’である。
何より
>人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇(あだ)は敵なり
女の怨みは500年20代、最大版図120万石に及んだ大国を滅亡に追い込むのである。
このように書き出すと止まらないし非常に長くなるが我々のような輩を唸らせるドラマを作りたければ
女の業
ないしは
人間の業
これを克明に描くしかないのだがこれを書ける脚本家がもうこの国には居ないのだろう。
終わり

昨年、一から観直して記事を2つ書いたんだけど
1988年の南野陽子
武田信玄 これぞ正真正銘の大河ドラマ!!
全然書き足りません!
書き出したらキリがないし、きっちり書いたら半年はかかるでしょう。
で、そんなことは出来ないんで、数多ある名シーンの中からまた抜粋して紹介したい。
これを観れば私が大河に限らず昨今のTVドラマや邦画に否定的なのが分るかと思う。
今日、紹介するのは第35回「盟約崩壊」から。
34回までのあらすじ
甲相駿三国同盟により今川義元の子女(小津)が信玄の嫡男、義信と婚姻する。
中睦まじい夫婦であったが、義信は父、信玄との不和に苦しむ。
そもそもは信玄とその正室、三条の方との不和に起因している。
信玄は側室の湖衣姫を寵愛したからである。
桶狭間の戦いで今川義元が織田信長に討ち取られると強国今川家の力も弱くなって行く。
老獪な信玄は徳川家康と密約し今川領への侵略を画策するがこれに異を唱える義信と更に対立を深めて行く。
義信は守役飯富虎昌と謀反を企てるが直前にバレて(虎昌が自分でバラして)信玄は飯富虎昌を自害切腹に追い込んでしまう。
幽閉された義信もまた信玄による長期説得も虚しく自害して果てたのだった。
一人、残されたのが義信の妻の小津である。
愛する夫を舅に殺された小津。
愛息子を夫に殺された正室の三条の方。
嫡男を自殺に追い込んだ信玄。
ついにこの三者が対面する・・・・
のっけから凄いでしょ?
小津の表情が明らかにおかしいから。
不適にニヤ〜って笑っちゃってる。
不審に思った三条の方が問うが二度目の返事
は??
今も昔も姑にこれはない。
この2発の伏線で
この後、どうなるのか?
嫌がおうにも分かるんだが・・・・それ以上の、熱演、否、怨演を見せた訳だ。
通常の演技の域を超えちゃってるもの。
漢字の字幕スーパーがあり映像の元ソースは台湾放映バージョンだがこれ、吹き替えじゃ伝わらないでしょう?
小津役は古村比呂だが・・・
>1985年、道内のローカル番組出演中、景山民夫にスカウトされ上京。
これまたさもあらん。
観た人は分かるだろうが元々小津はこんな強烈なキャラクターではなかった。
おっとり
優しい
控えめ
か弱いが忍耐強い
「お姫様」だったからである。
義信と信玄の不和に際しても決してでしゃばらず実直で激しやすい義信をなだめていた程である。
小津の母親は信玄の姉であり、そう、信玄は叔父であり、信玄から見れば小津は姪である。
そもそも
>同年の「クラリオンガール」準グランプリに選ばれた後、東映映画「童貞物語」のヒロインオーディションで優勝し当該映画で正式デビュー。
>1987年度(昭和62年度)上半期に放送されたNHK連続テレビ小説「チョッちゃん」(黒柳徹子の実母・黒柳朝の自伝をモチーフにしたドラマ)のヒロインを務め、一躍人気女優となった。
当時の古村比呂自体、準アイドル的な位置づけだったんで。
今で言うところの上野樹里とか松下奈緒に近い感じですかな。
だが・・・たとえ物静かで温厚そうでも
耐えに耐えた女の怒り、否、怨みが爆発したらどうなるのか?
作用に対する反作用は視聴者の予測の範疇を超えていた訳だ。


伏線はある種の「期待」だが名作は
それを上回る
ないしは
良い意味で予想外の展開を見せる
小津の豹変もそうだが、信玄の対応である。
眉一つ動かさず。
離せ!
小津が怨みわしが引き受ける!
これが武田信玄である。
織田信長だったらその場で斬り捨て御免だろう。
叫びながら信玄に突進していく小津・・・
信玄危うし!
だがこれを身を挺して止めたのは三条の方だった。
小津を抱きしめて
義信ッーーー!!
の悲痛な絶叫でこの4分20秒に渡った超濃密なワンシーンは終わる。
カットは複数だがこれはカメラの関係で実際にはワンシーンで撮ったものと思われる。
演者は勿論、スタッフの緊張もまた察して余りある。
二度、三度出来る演技ではない。
この展開を読めた視聴者は一人も居なかっただろう。
豹変した小津のバックの暗さ、怪しさ・・・
「あなたの知らない世界」を思い出してしまった。
昨晩、部屋で一人で観ていたのだが恐ろしくて恐ろしくて・・・
ソフトだけでなくハードの演出も完璧である。
これ以上の’演出’はない!
ゆえに大河ドラマ史上最恐のシーンはこれと思う。
これ超えたら大したもんだよ。
それは無理としても・・・

ぷぅ〜〜〜〜〜〜(笑
>相変わらずキャラクターが支離滅裂で無茶苦茶なのが多いし、どういう風に見ればこうなるのか、あの脚本家の脳内を解剖してみたいもんだ。
>しかしこの脚本には、いやしくも日本の先人たちの遺した「歴史」そのものに向き合う矜持も良心も感じられず、多くの方のご批判にあるとおりの雑な妄想、空想、想像が、あまりにあからさまで稚拙すぎ、もはや犯罪的と言わざるを得ぬレベルに堕ちています。
>駄作。天地人もひどかったが、それも軽く越えている。その原因は、歴史をまったく知らず勉強もしなかった田渕さんの脚本にある。さらに史実云々の前に主人公が、信長、光秀、秀吉、家康、秀忠等の戦国武将にタメ口説教はないであろう。また、信長、秀吉、家康、秀忠の行動原理も不明。泰平の世のため人殺しという理屈がなんとも陳腐。
私もチラッと観ただけだがその「薄っぺらさ」は相当なものであった。
「江 姫たちの戦国」DVDボックス1000セットは武田信玄の上記シーン4分数十秒に劣る!
NHK大河ドラマも死ぬべくして死んだコンテンツと私は思う。
amazonに書かれたレビューを載せたが悪意のあるコメントとは思えない。
非常に建設的で的を得ているからである。
中でも
>雑な妄想、空想、想像が、あまりにあからさまで稚拙すぎ
この箇所。
何度も書いて恐縮だが
大河ドラマなど全て嘘八百である!!
ドラマは脚本が命と言われるが大河ドラマで出てきた台詞の99.9999999%が脚本家の妄想に過ぎないからだ。
歴史を題材にしているがゆえに場合によっては捏造である。
確かに事実を基にしている、だが、その記録はほとんど残っていないし検証も困難だからである。
私が激賞した信玄、三条の方、小津のシーンだがこの三者が一同に会しこのような場があったかどうか?
甚だ疑わしい。
大体の話、小津(おつね)と言う名前自体、妄想の産物で、はっきりしていることは今川義元の娘で出家した後、嶺松院と名乗っていたことくらいである。
だが・・・・
義信が父信玄によって死に追い込まれたこと
義信の死後、信玄が今川領に攻め込んできたこと
これに関してははっきりしている。
だからあのシーンも
’ありえないとも言い切れんなぁ’
となる。
リアリティを持たせるのは作り手と受け手である我々視聴者の経験に基づく感性が一致した時である。
よく台詞等で言葉遣いにあれこれ茶々を入れる輩がいるが私から言わせればそれも
所詮、程度問題
に過ぎない。
口語表現などほとんど記録に残っていないからである。
だが・・・
黄門様、ファイト!
これは明らかにおかしいだろう。
うっかり八兵衛が言った台詞と言われるが後にガセであったことが判明している。
兎にも角にも’妄想にも等級がある’と言う話である。
amazonの武田信玄のレビューは激賞の嵐なのだが
>『武田信玄』という一の武将生き様だけではなく、その家臣・正室・側室・子・敵・そのすべてのドラマが深い情景で描かれた作品でした。
さもあらん。
全50話、40時間に及ぶ大河ドラマとは
群像劇
であり大小様々な人間ドラマが交錯する。
沢山の伏線が張られそれをいかにして回収させるのか?
これもまた楽しみの一つである。
武田信玄の場合、追放された父、信虎がある時から全く出てこなくなり・・・いつ、回収するのだろうか?・だが・・・それは一流の’演出’だったのである。
豪華キャストゆえに
脇役が光る
大河ドラマ武田信玄ではどんな脇役でも必ず一つは
見せ場
を設けている。
誰もが知っている戦国武将である必要性はない。
これは出来そうで中々出来ない。
トータルで見た場合、大河ドラマ武田信玄で最も強烈な印象を残したのは小津ではなく小川真由美が演じた三条の方の侍女、八重だがこの人物は100%妄想、否、架空の人物である。
だが・・・・・
八重なしに大河ドラマ武田信玄は成立しえない
と言うより
武田家で起こる不幸の数々の元凶は全て八重の画策によるものであり、超重要パーソンなのである。
実際には歴史上存在しなかったのに・・・
八重の前に八重なし、八重の後に八重なし
昭和を体感し生きながらえた我々は後世に語り継がねば、と思う。
だから・・・・
2013年NHK大河『八重の桜』、新キャスト発表 剛力彩芽、黒木メイサらが初出演
咲く前から散っておるわ、その桜。
21世紀は’女性の時代’である。
だが・・・
誰一人として女の美しさも恐ろしさも描けていない。
とりあえず女を主人公に据えればOKだろう?
浅はかとか言いようがない。
武田信玄ほど
女を上手く描ききったドラマは錚々ない
戦国時代を題材にしているが
女同士の良質のドラマが掃いて捨てるほどあるからである。
三条の方はなぜ身を挺して夫を守ったのか?
その心境も書き出すとかな〜り長くなる。
名シーンが多々あるからだ。
三条の方だけでなくそもそも、武田信玄の狂言回しは母の大井夫人である。
>わが子晴信と致しましては・・・・
女を上手く描いたと言う点では前作、独眼竜政宗もそうだろう。

伊達政宗と武田信玄は非常に良く似ている。
業の深さ
に他ならない。
信玄の業の深さは戦国随一だろう。
実父を国外に追放して家督を相続
寡婦になった母を出家させ寺院に追放
実妹の嫁ぎ先諏訪氏を攻め滅ぼす→実妹はその後病に倒れ死亡
諏訪氏の姫を側室に迎える
実姉の嫁ぎ先今川氏を攻め滅ぼす
嫡男を幽閉し自害に追い込む
一方的に同盟を破棄し北条氏に嫁いでいた娘を離縁させる→病弱だった身体に止めを刺す
川中島の戦いで片腕だった実弟、武田信繁を戦死させてしまう
まともに生き残ったのは弟、武田信廉と側室に産ませた子、武田勝頼くらいである。
戦国時代は乱世であり、血を分けた親兄弟が殺し合うのは珍しい話ではないが信玄の場合はちょっとレベルが違うように思う。
また織田信長の残酷さとは質が違う。
それが何なのか?
端的に表したのがアップした4分少々のシーンではなかっただろうか?
大量殺戮を好んだのは信長である。
ドラマを観れば分かるが信玄は戦を好まない。
事前に甲州金をばら撒いて、つまり、敵を買収するのである。
良将は戦わずして勝つ!
正義、不正義などはどうでもよい!
されど・・・縁戚関係はお金で解決出来ない。
ゆえに身内に悲劇が生じる。
そう
死の重みが違う
のである。
だが・・・信玄はそれを辞さない。
もっと言うと
己の業の深さに気付いているし罪悪感も感じている
愛する人間を殺された怒りや痛みを描くのは当然として
暴力を行使した人間の「責任」や「贖罪」
これも描いたからこそ我々はドラマを観続けたのではなかろうか?
>小津が怨みわしが引き受ける
この台詞に全て集約されているように思う。
だが・・・・
この後、信玄は駿河に兵を進めるのである。
落城した駿府城で再度、信玄は小津と対面することになる。
岸田今日子が演じた小津の祖母、寿桂尼と信玄のやり取りもまた屈指の名シーンである。
このドラマは
そんなむごいことをしたらどうなるのか?
そうした素朴な疑問に対してほとんど説明している。
ゆえにドラマが成立する。
昔の話だから現代人とは感覚が違うんだよ。
そうした言い訳はほとんどない。


〜〜〜〜〜
このドラマを観て私は小津こと嶺松院に興味を持ち調べてみた。
嶺松院
>永禄10年(1567年)10月19日、義信は東光寺で自害する(病死とも)。同年11月、嶺松院は、兄の今川氏真の要請で駿河に送還された。娘を伴って駿河に戻った嶺松院は出家した。翌永禄11年(1568年)12月、武田信玄は駿河侵攻を行い、大名としての今川家は滅亡に追い込まれる。その後の半生の事跡は明らかではない。
>慶長17年(1612年)8月19日死去。法号は嶺松院殿栄誉貞春大姉。江戸市谷にあった今川家縁故の万昌院に葬られた[4]。
1568〜1612年まで実に44年も足取りがはっきりしないが長生きしたんだろう。
1582年に甲斐武田氏は織田信長に攻め滅ぼされてしまったのだが
>かなえられずば死ねませぬ
この台詞の’リアリティ’である。
何より
>人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇(あだ)は敵なり
女の怨みは500年20代、最大版図120万石に及んだ大国を滅亡に追い込むのである。
このように書き出すと止まらないし非常に長くなるが我々のような輩を唸らせるドラマを作りたければ
女の業
ないしは
人間の業
これを克明に描くしかないのだがこれを書ける脚本家がもうこの国には居ないのだろう。
終わり